応援し合い、助け合うコミュニティの場に。日本初のマイクロファイナンス、グラミン日本の挑戦

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日本にいると、「貧困」という言葉を耳にしても、どこか自分とは遠いことのように思う人も多いかもしれない。そんな日本でも格差は徐々に拡大し、国民の6人に1人が貧困ライン以下での生活を送っている。特にシングルマザー家庭においては、過去30年以上一貫して過半数が貧困という状況が続いている。この状況は、OECD先進国35か国の中で日本だけだ。

病気やケガ、事故、失職、配偶者との離別・死別などによって貧困になることは、誰の身にも起こりうる。しかも、一度貧困状態に陥ると、親から子への貧困連鎖といった問題もあり、抜け出すのは難しくなってしまうことも多い。

そうした日本の貧困問題を解消しようと、2018年9月にグラミン日本が設立された。グラミン日本は、バングラデシュの貧困問題を大きく改善したことで有名なグラミン銀行の日本版で、日本初のマイクロファイナンス機関だ。今回IDEAS FOR GOOD編集部は、グラミン日本理事長の百野公裕さんと理事の兒玉久実さんにお話を伺った。

百野 公裕(ももの まさひろ)さん

momono-sanグラミン日本 理事長。愛知県生まれ。米国公認会計士。外資系コンサルティングファーム PwC、 プロティビティ(旧アーサーアンダーセン)で活躍し、マネージング・ディレクターとして勤務する傍ら、2017年8月よりグラミン日本準備機構の設立メンバー(プロボノ)として、グラミン日本の設立準備に参画。2018年9月に前職を退職し、グラミン日本理事/COOに就任。2019年10月より現職。

兒玉 久実(こだま くみ)さん

kodama-sanグラミン日本 理事。銀行勤務を経て、青年海外協力隊に参加しミクロネシア連邦に赴任。帰国後は予備校生活を送り、公認会計士試験合格を機に(現)有限責任監査法人トーマツに入所。2013年デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリーに転籍し、企業再編等の業務に携わった後、ODA等の国際開発業務に従事。途上国の潜在可能性を感じるとともに、弊害や社会課題に直面した。そのような時に、グラミン銀行が日本にやってくる!と聞き、グラミン日本の立上げにボランティアスタッフとして参画。2018年一般社団法人グラミン日本の監事に就任し、翌年より現職。

少額融資で人々を貧しさから救う世界のグラミン

「グラミン」は、もともとチッタゴン大学経済学部長であったムハマド・ユヌス氏が1970年代にバングラデシュで始めた、マイクロファイナンスのプロジェクトである。マイクロファイナンスとは、貧しい人々に小口の融資や貯蓄などのサービスを提供し、彼らが零細事業の運営によって自立し、貧困から脱け出すことを目指す金融サービスのことだ。

バングラデシュにおいては、それまでの銀行が貧しい人にはお金を貸さなかったため、貧しい人は高利貸しからお金を借りざるをえず、貧困から抜け出せないでいた。ユヌス氏は貧しい村のフィールドリサーチを進める中で、ほんの少しのお金と働く意欲があれば、彼らが貧困から抜け出せることに気づいた。そして、5人一組のグループを作り、連帯責任のスキームを作ることで返済率を高め、無担保・低金利でも成り立つ仕組みを作り上げた。借り手の97%が女性というのが特徴である。1983年には独立銀行となり、貧困層の自立を支援した功績により、ユヌス博士とグラミン銀行は2006年にノーベル平和賞を受賞した。

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グラミン銀行創設者のムハマド・ユヌス博士。グラミン日本でも名誉会長を務める。

2008年にはグラミンアメリカが設立され、ニューヨークをはじめ15都市に23支店を展開し、約13万人に対し総額14億ドルの融資を実施している。世界一の経済大国であるアメリカにも貧困に苦しむ人はいて、平均2,600ドル(約28万円)の融資でビジネスを始め、貧困から抜け出し始めているのだ。

そんなグラミンの考え方や手法に賛同した人が集まり、日本の実態に合った方法で運営しようと立ち上げたのがグラミン日本である。

グラミン日本のこれまでの歩み

グラミン日本の発起人は、現在は会長を務める菅正広さんだ。世界銀行でも働いた経験を持つ菅さんは、10年ほど前から日本でマイクロファイナンスをやりたいと考え、ムハマド・ユヌス氏と話をしていたという。そして、2017年8月に一般社団法人「グラミン日本準備機構」を設立。100人弱のメンバーほぼ全員がプロボノという立場で参加した準備期間を経て、2018年9月13日に一般社団法人「グラミン日本」を設立、事業を開始した。

百野さんと兒玉さんは、「グラミン日本準備機構」から携わっている。お二人に、まずはグラミン日本に参加した経緯を伺った。

百野さん:もともとは外資系コンサルティングファームで、海外での業務を多く担当してきました。数年前に日本に戻ってきましたが、日本でコンサルティングをしながら親の介護も経験する中で、日本のビジネスのあり方に疑問を持つようになりました。本気でビジネスをよくしていきたいという想いのある経営者が減り、自分や自分の家族が本当に必要としていることには手が届いていないと感じたからです。

そうした中、ハーバード大学が実施するソーシャルビジネスの世界大会を見に行く機会があり、Teach for Americaなどのソーシャルビジネスの現場を見学しました。そこで、社会課題に対し「想い」だけでなく、よりビジネス的に、ロジカルに、効率的・効果的にインパクトを与えようとしている人たちに衝撃を受けたのです。

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一般社団法人 グラミン日本理事長、百野公裕さん。

その時の関係者から、「グラミン銀行の日本版が立ち上がるらしい」ということを帰国後に教えてもらい、立ち上げに参加することになりました。立ち上げ期はコンサルティングファームに籍を置いたまま、プロボノとしてグラミンの立ち上げに携わっていました。2018年9月、「グラミン日本」として事業を開始したタイミングで、これまで以上にグラミン日本にコミットしていくためコンサルティングファームを退職し、グラミン日本理事/COOに就任しました。

2019年10月からは理事長を務め、事業の方向性をしっかりと作りながら、お金や人材といったリソース調達、行政やNPOを含めた様々なステークホルダーとの関係性作り、貸金業法や一般社団法人法といったところから求められるガバナンスの整理などを行っています。

兒玉さん:私自身はもともと途上国支援に興味があり、新卒で就職した銀行を退職後、青年海外協力隊に参加しました。そこで、物も食べ物も足りないのに、とても楽しそうに生きている現地の人たちに魅力を感じました。帰国後は、専門職としてどこででも働ける可能性のある公認会計士の資格を取り、10数年、監査法人とそのグループ会社で勤務しました。

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一般社団法人 グラミン日本理事、兒玉久実さん。

その中で、モンゴルでのODA(開発途上地域の開発などに対する政府及び政府関係機関による国際協力活動)プロジェクトに参加する機会があり、現地に3年赴任しました。再び途上国と接点を持つようになり、やりがいを感じる一方、様々な疑問も感じるようになりました。現地の人たちが本当の意味でハッピーになるためには、支援をする・受けるということよりも、現地の人たち自身が自分たちのビジネスで経済を活性化していくことが必要と思ったのです。これは青年海外協力隊への参加後に思っていたことと同じでしたので、今後そうしたことを一緒にやってみたいという想いが強くなりました。

退職を決意したタイミングで、グラミン日本の立ち上げの話を耳にして「バングラデシュのグラミンだ!」と思って興味を持ち、「グラミン日本準備機構」の説明会に参加しました。これまで「途上国にはパワーが溢れている一方で、日本の空気はなんか疲れている」と感じていたこともあり、グラミンの説明会を聞いて日本の課題も相当大きいと改めて思いました。そこで、一度しっかりと日本の現状と向き合いたいと思い、参加することを決めたのです。

現在は理事として、経理や総務などの管理部門の仕事を中心に担当しています。本当はもっと外に出ていきたいのですが、人が不足しています(苦笑)。全体的に人材募集中です!

実際の融資事例

グラミン日本では、貧困ライン以下の生活困窮者で働く意欲と能力のある人に、5人一組の互助グループを作ってもらい、金融トレーニングと家庭訪問を経て、初回は20万円から融資を実施する。5人一組の互助グループは週1回の会合を行い、資金の利用状況をお互いに確認し合ったり事業の相談をしあったりする。現在は3グループ目の融資がスタートしたばかりだ。

Grameen Nippon

グラミン日本での、申込から融資までの流れ。Image via Grameen Nippon

融資されたお金は生活のために使うのではなく、起業や就労によって収入をアップさせるために使うことを求められる。日本では起業のハードルは高いイメージがあるが、実際にはほとんどの人が起業をしているという。

百野さん:支援対象者が行うビジネスは、その人の才能や経験、興味などによって様々ですが、多いのは、飲食関連、アクセサリーなどの制作販売もしくは仕入れ販売、美容系、そしてNPO関連です。ベビーシッター、家事手伝い、ペットシッター、占い師も多いです。そうした事業の立ち上げ費用や資格取得の費用などを融資しています。

やりたいことは皆さんいろいろお持ちです。でも、最初のアイデアの段階では、儲からなそうということはよくあります。

兒玉さん:「やりたいことがない」という人は、おそらくまだわからないだけかな。時間を作って真剣に自分が何に興味があって何をやりたいのか整理して考えてみると、出てくるんですよね。だから、グラミンのサポートの中では、協力団体の力を借り、今までの人生を振り返って自分が何に興味があるのか考えてもらう、ということもやっています。そのうえで、きちんとお金につながるように、事業計画の作成や書き直しもサポートしています。

日本は起業のハードルが高いというイメージがあったので、グラミン日本では、バングラデシュのグラミン銀行にはない「就職準備資金としての融資」も認めているのですが、実際に始めてみたら、自分で起業したいという人が多くて驚いています。

返済率は現在のところ100%です。グラミンはどの国でもチームで返済を滞らせない仕組みがしっかりとできているので、貸倒率はアメリカでもわずか0.2%です。融資開始前の金融トレーニングで家計の洗い出しや返済の練習を行いますし、定期的に5人一組の互助グループの会合がありますので、仲間のためにもちゃんと返済しようという思いが生まれているようです。

皆が思い描きがちな貧困のイメージ、「理想の貧困」

グラミン日本の融資は、企業や団体、個人からの寄付やクラウドファンディングで集めたお金で行っている。様々なステークホルダーに協力してもらうためには、グラミン日本の事業に対する理解が不可欠だが、その中で「理想の貧困」の存在が大きな障壁になっているという。

百野さん:今の世の中では、「貧困というのはこうであるはずだ」という思い込みが非常に強く、一般の人が共感しやすいストーリーをメディアが取り上げる傾向があります。それを「理想の貧困」と呼んでいます。

例えば子供食堂でも、元気でやんちゃな子どもは取り上げられず、引きこもりがちで言葉足らずでがんばっている子どもの姿が取り上げられがちです。世の中が描く「理想の貧困像」が非常に強く、多くの人たちがそういった人たちを支援したいと考えてしまうのです。

でも実際の現場には、「理想の貧困」の人たちがたくさんいるわけではありません。日本における貧困は、「食べられない」という絶対的貧困は多くないのです。日本社会で貧困に苦しむ人は、見た目は他の人たちとはほとんど変わらず、でも確実に支援を必要としています。

低賃金・低待遇の職で日々の生活に困窮している有業者(ワーキングプア)は約580万人ほどと推定され、無業者・失業者も約100万人ほどと推定されます。それも、一部の特殊な環境の人が貧困に陥っているのではなく、例えば美容や学問、芸術などの分野で、夢や志を持って努力したにも関わらず、結果として貧困にあえいでいるという人が非常に多くいます。

ですから、貧困の実態を正しく捉え、困窮している人たちの想いや悩みをきちっと支援者に伝えて、そこを橋渡しするということがとても大事です。

兒玉さん:海外の貧困にはお金や支援が集まりやすいのですが、日本人が日本人を見る目は厳しいと感じています。同じ時代に同じ場所でみんなで生きているのだから、多くの人に現場と接してもらって、実態を見て感じてもらいたいと思います。今は貧困とは縁がないように思っている人でも、いつ支援が必要になるかわかりませんし、自分には一切関係ない「あっちの話」では決してないと思っています。

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百野さんと兒玉さん。グラミン日本のオフィスの壁には、至るところに関わる人たちのメッセージが書き込まれている。

支援する側・される側じゃない。応援し合い、助け合う関係を作りたい

先述のとおり、グラミン日本の融資の際には、支援対象者にこれまでの人生を振り返り、自分の興味があることを洗い出してもらうが、これを支援側にも取り入れていくことを現在考えているという。

百野さん:支援対象者の人たちにとって、起業した事業を続けていくためにも「何のためにやるか」という内省が非常に重要です。

でも実は、支援者側にも内省が必要です。「何のために支援するのか」を明らかにすることで、まわりから共感・応援してもらうことができます。支援者同士だけでなく、支援対象者にも「この支援者は何のために自分を支援しようとしているのか」を知ってもらうことで、支援者・支援対象者という枠組みを超えた、応援し合うバディのような関係を作りたいです。グラミン日本を、「助ける側・助けられる側」という形でない、応援し合うコミュニティの場にしたいと考えています。

今、「ハッピーサイクル」という考え方を提言している人がいます。志・やりたいことを明確にすることで、やりたいことをやることができ、その結果、成果が出ると、自分自身をリードできる「ハッピーサイクル」に入れる、という考え方です。これを、グラミン日本の全体で取り入れていきたいと考えています。

編集後記

グラミン日本の融資事例はまだ限られており、今後、社会からの認知と理解度を上げていくためにも、「今は実績を作っていくことが一番大事」と百野さんは語った。まもなく、2拠点目となる名古屋でも事業を開始し、まずは1,000人の融資事例を作ることを目指すという。

一方で、日本では貧しくても金融口座を開けないというケースはめったになく、バングラデシュやアメリカの貧困層と比べると、日本の貧困層にとってのマイクロファイナンスの必要性は高くない。男女差別が色濃く残り、女性が口座を開くことができなかったバングラデシュや、口座を開設できない移民・難民が多く存在するアメリカでは、マイクロファイナンスが必要とされやすい事情があったのだ。それでもグラミン日本に多くの関心が集まるのは、グラミン日本が単なる金融支援以上の、「支援する側・される側という枠を超えた、応援し合い助け合うコミュニティ」を目指しているからではないだろうか。

わたしたちは普段、自分や身の回りの人たちが実際に貧困に苦しんでいない限り、貧困問題に意識を向けることはないかもしれない。でも本当は、困っている人を助けたいと思っている人はたくさんいる。そうした人と、困っている人を自然とつなぐ場にグラミン日本がなれたら、日本社会は大きく変わっていくだろう。